明治を生きた先覚者たち
|
|
「明治を生きた先覚者たち」
5月5日、雄物川町で用事を終え"今だ"と思いたって郷土資料館に行きました。弥生時代以降の様々な歴史的価値のある展示をしていますが、今回は近代の県南発展の先覚者、主に四人を揚げて展示していました。
四人とは…平鹿の篤志家で浅舞公園ゆかりの"忠義な猫"の父と言われる伊勢多右衛門、秋田県種苗交換会の始祖である石川理紀之助、家を守り歌に生きた生涯を貫いた後藤逸女、平鹿りんごの始祖である伊藤謙吉です。
この四人にまつわる詳しいお話を、石川理紀之助と後藤逸女の研究家である小林忠通氏がイキイキと解説してくださいました。
石川理紀之助翁については私の父が農業の神様!と尊敬していましたが、その理紀之助が後藤逸女に師事し、敬愛して墓参りを欠かさなかったことは知りませんでした。
その逸女や理紀之助に意気投合して莫大な援助をしたのが、隣村の雄勝郡川連から浅舞に婿養子にきた伊勢多右衛門で、窮民を救うため浅舞観音講創立、養蚕振興、道路と橋の整備を国に陳情するなど彼が公益事業に充てた私費は今の4億5070万円とのこと!現代の政治家に爪のアカを飲ませたいですよね。
多右衛門の一族からは、伊藤謙吉の指導で増田町にりんごの振興を進めた藤原利三郎も輩出しており、湯沢市でもこれからは先覚者の検証を精力的に行うようです。文化財保護という事業は明日への道を拓くことに繋がるのだな〜と思いました。

逸女の手による美しい文字と文章は写真の通りですが、中身も素晴らしいです。「後継者を育てよ」ということを強調しています。

もう一枚の写真は理紀之助(向かって左から五番目)とともに農村指導で各地を巡回した10人が写っていますが、この中には16歳や18歳の若者達もいて、次代を担う人材をしっかりと育てていた!ということが一番学ぶべきなのだなぁと痛感しました。
この展示は8月3日までやってます。関連イベントとして、6月18日秋田市と潟上市の探訪ツアー、7月9日に横手市と湯沢市の探訪ツアーが企画され、6月11日は雄物川コミュニティセンターで講演会があるそうです。皆さん、ぜひおざってたんしぇ。
|